|
のぞみに乗るといつも眠ってしまうそうだ。東京から戻る下り列車、指定された座席は右側が多いらしい。富士山の見える側だ。でも三上さんは富士なんか見 ない。とっても深い無意識の底、眠りについている。
そんな三上さんも、眠りの底から引き上げられる瞬間があるという。不思議とそれは決まった場所で、怪しげな外観のホテルが車窓に現れるのだと言う。もっ とも「怪しげな外観」と形容しているのは今の私であって、その話を聞いた時、三上さんの説明は複雑で、聞いた私自身記憶できないほど曖昧であり、不鮮明 なものだった。きっと言葉を探していたんだと思う。その揚げ句「なんか変な感じのホテル」くらいの言い方しかしなかった気もする。
曖昧で不鮮明なもの。それを形あるもの、構造や原理へと結び付ける営みは、頭が痒くなるほどまどろっこしく、もどかしさに疲弊する。寝ぼけまなこで目に するそのホテルの形容。私にはその言いようの無さが、痛いほど、解る。もっとも解るのは「言いようの無さ」についてであり、やっぱりそのホテルがどんな ものかは解らない。だから、三上さんが発した言葉の断片からまず自分で想像してみるしかない。
私が絡んだ曲のミックスが終了して、今度は私がのぞみに乗った。名古屋で別の仕事があったのだ。指定席はたまたま二列シートの窓側だった。天気がいい。 年間数度しか乗らない東海道新幹線。嫌というほど乗る三上さんと違い、私は寝ない。子供みたいに外を見てる。やっぱり富士山は奇麗だ。新富士を通過する 辺りは特に面白い。製紙工場の煙突がぽこぽこ立って、ぐにゅぐにゅする配管を曝したプラントが広がる富士の裾野。キンダイニッポン!って感じの風景。そ こを斜めになってのぞみが通過して行く。
富士が隠れ、沿線の景色が落ち着き始めた。静岡を越えた辺りだろうか。退屈して、ちょっと眠くなってきた。等間隔に真っすぐに伸びる田圃のあぜ道が、 びゅんびゅんと目の前を流れて行く。それが催眠効果になっているのかもしれない。うとうとしだし、瞼がくっつきそうになったその時、寂しげな山かげにど んよりと建つ建造物が目に飛び込んできた。鉄筋の、高度経済成長期に建造されたと思われるホテル、ラブホが、暗く、一軒だけポツンと建っている。のぞみ のスピードに合わせて固定した焦点を移動させる。ようやく読み取った屋上の電飾板に、大きく「ガンダーラ」と書かれていた。カタカナで、怪しげにクニャ クニャした字体で。
三上さんが目覚めるのはここだろう。東京から1時間ほど過ぎた場所だ。車内で特別なアナウンスは無いから、三上さんの睡眠リズムがこの時間と一致してる んだろう。
私は三上さんと同じものを見ていた。
高速で移動するのぞみの、通過する様々な景色の中から、この同じ一瞬を拾い上げることができた、という確かな感触。
なんかそれだけで嬉しくなって、安心してしまって、その後三河安城まで私は眠ってしまいました。
菅谷昌弘

|